dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

われわれウイルスの眼から見ると 新型コロナウイルス変異株の出現で、またまた世間は大騒ぎ ―実はイギリス型の変異株はわれわれウイルスの子孫繁栄の戦略のひとつとして、高齢者よりも30代や40代をターゲットに―

 最近のメディアは、新型コロナウイルスの変異株の話題一色になってきている。最初にイギリス株が出現し、次いでブラジル株や南アフリカ株なども出現してきている。

 そもそもウイルスは子孫ウイルスをどんどん産生するのが仕事である。そのためには、感染を受け入れてくれる細胞の存在が必須である。受け入れてくれた細胞の中で、持ち込んだ遺伝情報(ゲノム)にしたがって、大量の子孫を作ってもらっている。ウイルスのコピーを作る際に、子孫ウイルスへ持ち込んだゲノムもコピーする必要がある。その際にコピーの間違いがある頻度(ウイルスによってこの頻度は異なる)で起こり、ほとんどは次の世代の子孫ができないが、中には子孫を作り出すことができる間違いもある。意図した読み間違いではないが、思わぬメリットを生み出すことがある。イギリス株は、スパイクたんぱく質に変異が起こっており、この変異(読み間違い)によって、感染を受け入れてくれる細胞への感染効率が良くなったようだ。その結果、感染力が増していると言われている。大阪など、地域によってはこの変異株が急拡大し、ほとんどがこの変異株に置き換わってきている。しかも、この変異株に感染した人は咳、のどの痛み、筋肉痛といった症状が多く見られたと報告されている。実際、大阪でも重症化率が高くなっていると報告されている(従来株の3%に比べ、イギリス株では約5%に)。

 アメリカでもやはり感染の主流はこのイギリス株である。従来株では基礎疾患を持った高齢者が重症化し、亡くなるケースが多かったが、このイギリス株の感染では30代や40代が重症化しやすいと報告されている。日本でも、イギリス株の感染で60歳未満の感染者が重症化するケースが多くなってきている。

 われわれ新型コロナウイルスから解説すると、先のブログでも白状したように、2002年のSARSでは、致死率が高すぎて世界展開(パンデミック)に至らなかった。その反省から、今回の新型コロナウイルスでは重症化し難いウイルスとして人間社会に入り込み、初期の頃は、若者には感染しないとまで言われていた。そのうち感染しても軽症例が多く、さらに症状が見られない無症状(不顕性)の若者も多くなった。その結果、パンデミック状態にまで展開することができた。それでも、基礎疾患を持った高齢者が亡くなる率が高かった。今回、イギリスでどんどん子孫を生産していくうちに、読み間違いが起きて変異株が誕生した。この変異株は、高齢者の重症例がやや減り、むしろ30代・40代の重症例を増やすという特徴を持っている。30代・40代の感染者なら重症化しても致死率はそれほど高くない。結果として、われわれウイルスが作り出す子孫の数を多くすることに成功した。ただ、急激に重症者が増え医療状況をひっ迫し、コロナ以外の通常の入院や手術が後回しになるとは、思いもしなかった。人間とは、かなり思い切ったことをするものだとびっくりしている。