dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

われわれウイルスの眼から見ると 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2002年に人間社会に出て行った先輩のサーズウイルス(SARS-CoV)と比べてどうなん?

 SARS-CoVは、中国の広州出身といわれている。SARS-CoV-2は武漢出身で、同じ一族ではないかと思っていた。実際、われわれの遺伝子が詳しく調べられ、間違いなく一族であると判定された。その一族からは、もう1つの仲間がすでに人間社会に進出していた。MERS-CoVと呼ばれているコロナウイルスである。

 このSARS-CoVによる肺炎・高熱・下痢などが本当に重い症状だったようで、感染した人の多くが亡くなった(致死率は約10%)。このように感染した人間が亡くなると、われわれウイルスも死んでしまう。そんなわけで、人間社会で生き永らえることができなかった。2002年の発生以来、中国、台湾、そしてカナダなどで合計8098人が感染し、774人が亡くなり、翌年の7月5日に終息している。

 MERS-CoVは、アラビア半島で2012年に発生した。2020年1月31日までの間の感染者は2519人、死亡者866人と報告されている。感染者数はSARSにはほど遠い。致死率が約34%と言われており、現在も終息していない。韓国でも、2015年に中東への出稼ぎ労働者による持ち帰りがあり、急速な広がりがあったが年内に終息している。

 これら2つのコロナウイルスは、人間社会にうまく入り込んだが、感染すると重症例になることが多かった。今回のSARS-CoV-2は、高齢者と高血圧や糖尿病、さらに血液の病気など、さまざまな基礎疾患を持っている人は重症の肺炎を起こすことが多いが、若者に感染した時はそのほとんどが軽い症状、もしくはほとんど症状らしきものがない場合が多い。これは、先の2つのコロナウイルスの人間社会進出で世界制覇できなかったことを反省し、感染後の症状を弱くする試みを行い、新しいウイルスとして人間社会に進出した。若者は感染しても、普段通り、活発に動き回ってくれている。そのおかげで、思惑通り次々と感染者を増やしていってくれた。しかも、急速に。今や、完全に世界制覇に成功し、パンデミック(世界的な流行)と呼ばれるウイルスの1つに数えられるようになっている。

 SARS-CoVやMERS-CoVは致死率の高いウイルスであったために、致死率が低い今回のSARS-CoV-2のようにパンデミック状態にまで人間社会に入り込めなかった。

 そういえば、人類史上最も恐れられていた天然痘も、紀元前から存在していた感染症であったが、1980年に根絶された。この感染症を引き起こすウイルスはポックスウイルスの仲間で、そのウイルス(天然痘ウイルス)も約30%と、きわめて高い致死率であった。イギリスのエドワード・ジェンナーによりワクチン(牛痘ワクチン)が実用化され、200年くらい人間たちと戦ってきたが、ついにわれわれウイルス側が敗北してしまった。