dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

オミクロン株は懸念すべき対象か?

 日本の新型コロナの状況は、他の国と比べて例外的に落ち着いている。多くの人が「どうして日本だけ新規感染者数が、こんなに少ない状態になったのか?」と不思議に思っている。メディアもいろいろな説を報道しているが、よく分からない説明に終始している。また、テレビ等で活躍しておられる専門家も、ばらばらのご意見ばかりである。実際、「はっきりしない何らかの理由で、日本だけが例外的に、小康状態になっている」と言われても、納得できる事柄もなく安心していて大丈夫なのかと、却って心配になる人も多いだろう。

 

 そのように、心配しているところにこの新しい変異株「オミクロン株」が南アフリカで発生し、恐らく世界のかなりの国にすでに忍び込んでいたようである。これから次々と広がりが見えてくるのではないだろうか。実際、PCR検査とその後にその遺伝情報を解析しなければオミクロン株と同定できないので、簡単に多くの人の検体を解析対象にはできない。

 

 新型コロナウイルスに限った話ではなく、そもそもウイルスには遺伝子変異がつきものである。ウイルスは自分の力では子孫ウイルスを作れないので、増やしてくれる細胞(宿主細胞)が必要である(宿主細胞は、それぞれのウイルスが結合し、感染を成立させるために必要なレセプターを持っている。新型コロナウイルスのレセプターは、ACEと呼ばれる酵素である)。この細胞に感染したウイルスは、ウイルス粒子の中に納めていた自分の遺伝子情報(ゲノムと呼ぶ)に基づいて、幾つかのmRNA(そのひとつ、スパイクたんぱく質がワクチンに使われた)を作り、子孫ウイルスのためのたんぱく質を合成する。一方、子孫ウイルスにもそのまた子孫を作るためのゲノムが必要なので、ゲノムを大量に生産(複製と呼ぶ)する。問題は、この複製段階、すなわちゲノムのコピーを大量に生産する段階で読み間違いを引き起こすことである。この読み間違いに基づく変異株の発生は、RNAゲノムを持つウイルスの特性であるが、その頻度はウイルスによって異なる。特に、変異することで有名なインフルエンザウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV)ではその頻度は高い。

 

 ウイルスはただ、RNA依存RNAポリメラーゼと呼ばれる酵素により、親ウイルスゲノムのRNAを忠実に反映したコピーを生産しているのであるが、たまたま読み間違いが起こったところが、重要な場所かどうかが大きな問題になる。読み間違えて作られた子孫ウイルスは感染できないとか次の子孫を作れないなど、ほとんどが自然に淘汰されてしまう。ところが、中には増えることができる。いやそれどころか、ウイルスにとって有利に働く機能を獲得するような変異を起こすことがごく稀に起こる。たとえば、ある抗ウイルス薬を投与された場合、通常は一網打尽にされるはずが、たまたまこの薬剤の攻撃をかわすことが可能な変異を起こしていたウイルスはその影響を受けない。ごくわずかでもそのようなウイルスが残っていれば、ほとんどのウイルスがほぼ姿を消したところでは、このウイルスのみが少しずつ増え続け、やがて次の世代を担うウイルス集団になってくる。このようにして発生したウイルス変異株は、読み間違いを起こした変異の箇所は少なくても、その影響は大きいものになる。

 

 今回発生したオミクロン株のウイルス学的な特徴は、まだほとんど解明されていないので、この後どのような状況になっていくのかは判らない。第6波の主役に躍り出るのか?すでにいくつかの国で市中感染状態にあるが、どのような状況になっているかの情報もないことから、やはりこれまでの変異株と同様に、感染力は上がっているが、病原性はむしろ低下しているのではないだろうか。ということは、天然の、弱毒性の生ワクチン化しているのではないかと考えられる。このように考えると、そんなにムキになって、多くの犠牲を払うような対応は不要ではないかと思っている。