dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

新型コロナウイルスが宿主細胞に感染するときは、肺、腸管、心臓、動脈、腎臓、睾丸などに分布している細胞の表面に存在しているACE2と呼ばれる酵素活性を持つ分子(=新型コロナウイルスの受容体)に結合する。これを第一歩として感染を成立させるので、この分子が担う血圧調節などに影響が、新型コロナウイルスの感染で起こりえる。

 少々複雑な話になるが、ACE2と呼ばれる、新型コロナウイルスの細胞の受容体について、簡単に説明したい。今回の話は複雑で、わかりにくいのだが、何となくでもイメージを掴んでもらいたいので、まずは最後まで読んでいただければと思う。

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新型コロナウイルスの感染後の、血圧調節の変化

 

 ACE2は、人の細胞の膜に存在する、酵素活性を有する領域を持つ膜たんぱく質である。このACE2は、血管収縮剤として知られるACE(angiotensinconverting enzyme;アンジオテンシン変換酵素)の相同体として特定された。
 ACE(ACE1ではない)とACE2は、各臓器における血圧と血流を調整しているレニン・アンジオテンシン系で重要な役割を担っている。レニンは腎臓の酵素である。
 肝臓で分泌されるアンジオテンシン前駆体であるアンジオテンシノゲンは、腎臓の酵素レニンにより分割され、アンジオテンシンⅠ(ペプチドホルモン)を生成する。ACEは、このアンジオテンシンⅠ、アンジオテンシンⅡへの変換を触媒する酵素活性を示す。アンジオテンシンⅡは、微小血管の筋細胞表面にある1型アンジオテンシン受容体(AT1R)に結合し、血管収縮を引き起こす。したがって、ACEの活性が異常に高くなるとアンジオテンシンⅡの量が上昇する方向に進み、高血圧を引き起こすことになる。
 
 一方のACE2は血管拡張剤として機能し、8個のアミノ酸がつながったペプチドであるアンジオテンシンⅡを、7個のアミノ酸からなるぺプチドであるアンジオテンシン1-7になるように触媒する。このアンジオテンシン1-7は、血圧を低下させ、血管拡張を促進する。ACE2は、アンジオテンシンⅡからアンジオテンシン1-7への転換、およびアンジオテンシンⅠからアンジオテンシン1-9に転換することで、血管収縮と拡張のバランスを維持して、血圧を適正範囲に収めるうえで重要な役割を担っている。
 
 
 この絶妙なバランスで体の血圧調整が行われているのであるが、ここに新型コロナウイルスが感染すると、からだに侵入してきた新型コロナウイルスがACE2に結合する(塞ぐ)と、この絶妙なバランスが崩れる結果を招く可能性が出てくる。
 
 現在、新型コロナウイルス感染により引き起こされる可能性が考えられる、全身におよぶ基礎疾患(ACE2と腎臓病、ACE2と血管疾患、ACE2と糖尿病、ACE2と中枢神経系など)と、感染による重症化の影響について急ピッチで研究が進められている。
 
 新型コロナに関して、最も大きな話題は、新型コロナウイルスの変異株に関するものである。イギリス株、南アフリカ共和国株、ブラジル株、インド株と、次々と現れる変異株はいずれも感染力が強いことから、今年の3月下旬に始まった4回目の感染ピークが今日現在も続いている。このような変異株に感染すると、重症化することが少なくともイギリス株では示されているが、ほかの変異株ではまだわかっていない。また、過去に感染歴のある人や、ワクチンを接種した人で上昇してきていた免疫(抗体など)の効果が悪くなる可能性が、南アフリカ共和国株やブラジル株で認められている。イギリス株ではそのようなことはなさそうである。インド株ではこの点についてもまだ不明である。
 これらの変異株では、ウイルス表面のスパイク(S)たんぱく質の、それぞれの株で違った箇所のアミノ酸に変異が起こり、別のアミノ酸に置き換わった結果、その構造に変化が起こり、レセプターであるACE2への結合性が高まるなどが考えられている。
 すなわち、新型コロナウイルスが細胞表面のACE2に結合(マスク)することで、ACE2の活性であるアンジオテンシンⅡからアンジオテンシン1-7への反応が起こりにくくなり、AT1Rの過剰な蓄積が起こる。その結果として、血圧が高くなる状態を引き起こすことになる。
 
 現在の新型コロナの治療薬として、抗ウイルス作用のあるもの、免疫の異常活性化を抑えるものが主に考えられているが、このACE2のSたんぱく質結合領域のみを血中を流れるような形にしたものを開発すると、新型コロナウイルスの表面がこの分子でふさがれ、もはや本来の、細胞表面のACE2への結合、すなわち感染が果たせなくなり、有効な薬ということになると考えられる。