dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

われわれウイルスの眼から見ると:

日本でもワクチン接種に向けて必死になってきているが、本当に予定通り進むのかなと疑問視している

ーーわれわれウイルスの子孫繁栄という至上命令に対しては、今のところワクチンだけが大きな障害となるのでーー

 

 

   イスラエルと欧米各国からの報道にみられる通り、ワクチン接種を本気で進めた国は今や、新型コロナの出現前に近い日常に戻りつつある。

 日本は、先進国の中では唯一、ワクチン接種が大きく遅れている国である。ようやく医療従事者と一部高齢者の接種が始まっている。今月初めから各地で高齢者の予約が始まり、あちこちで電話もネットも繋がらない、役所や医療機関の窓口に高齢者が押しかけ、密を生み出している状態である。

 現在、進められつつあるワクチンはmRNAワクチンで、ウイルス表面にあるスパイクたんぱく質に対する免疫を誘導するものである。このワクチンの開発戦略は、従来の生ワクチンとか不活化ワクチンという、これまで積み上げられて来た戦略による産物ではなく、がん、難病や感染症などに対するワクチン開発や遺伝子治療法開発で蓄積されてきた技術をもって開発された、全く新しい概念のワクチンである。これまで人にワクチンとして用いられたことがないものであるが、予想以上に有効性が高いワクチンであることが分かった。

 毎年接種する季節性インフルエンザワクチンは、ニワトリの有精卵に接種して大量に増やしたウイルス粒子を精製し、そのウイルスの脂質膜を有機溶媒で溶かし、ウイルス粒子表面のウイルスたんぱく質(ヘムアグルチニン)を精製し、ホルマリンで不活化したものである。有効性は50%前後の場合が多く、今回の新型コロナワクチンの90%以上もの成績は驚異的な数字であるといえる。

 最近の話題は、新型コロナウイルスのまん延で、第4波が最悪の状況になり、1年遅れのオリパラの開催も危ぶまれる状況になっている。そのため、国としては日本全国の自治体にハッパをかけて超特急でワクチン接種を行おうとしているように思える状況である。

 ところが、ここで大きな障害となっていることは、新型コロナウイルスのイギリス株、ブラジル株、南アフリカ株、またインド株など、変異株が次々と現れ、感染しやすいのではないかとか、重症化しやすいのではないかと、連日ワイドショーの格好のターゲットとなっている。しかも、そのような変異株には、「優等生のワクチンが効かないのではないか?」という懸念が繰り返しメディアで騒がれている。

 でも、そんなに騒ぐほど効かないわけではない。普通は、ウイルス変異株というのは、ワクチンを接種した後に、その免疫圧力をかわすような変異株が出やすいので問題になる。今回のワクチンは、人間だけではなく、われわれウイルスにとっても初めての経験である。実際、これまでのワクチンメーカーが実施してきた治験では、変異株に対してもちゃんとした有効性は確認されているので安心である。ワクチンの接種スケジュールが緩慢で、スピード感をもってできない場合にはワクチンに大きな影響を与える変異株が生まれやすいといわれている。

 

 既に、各ワクチンメーカーはこぞってこれまでの変異株を用いた、新たなワクチン開発を始めているということが次の話題になっている。

  われわれウイルス側からみていると、本当にご苦労様という印象である。多額の投資をして、現在の変異株に対するワクチンを開発しても、すぐまた次の変異株ができるのになぁと思うのだが‥。何だか申し訳ないような気持ちになってくる。われわれウイルスは自由気ままに子孫を作り、遺伝情報のコピーをする際に、たまたま読み間違いを起こしてしまう。この読み間違いは、どの部分にでも起こる可能性がある。読み間違いを起こしたにも関わらず、しっかりと子孫のウイルスを作ることができた。その上、この子孫ウイルスは、ワクチンの圧力をかわすような変異株になっていたというだけなので、人間に対して気の毒に思っている。でも、それがわれわれには幸いして、相当長期間生き残れそうな状況になっている。すみません。