dept24’s diary・生田和良・大阪大学名誉教授

ウイルスの目を通して、人間社会のウイルス感染症についてつぶやきます。

新型コロナウイルスの感染の広がり方は、今や「感染経路不明=空気感染/エアロゾル感染」ではないか?

 新型コロナウイルス感染の広がりがなかなか衰えない。このウイルスが出現し、初めのころは「人から人にはうつらない」、と中国当局もWHOも言っていた。しかし、家族内で新たな感染者が発生するなど、人から人にうつることがはっきりし、これが世界共通の認識となった。しかも、インフルエンザウイルスよりも広がりやすい。

 

 昨年の早い時期からこまめな手洗い(接触感染防止のため)とマスクの装着(飛沫感染防止のため)が厚生労働省はじめ、それぞれの自治体でもホームページ等で啓発している。

 

 この啓発のおかげで、インフルエンザやその他の感染症の患者数は軒並み激減するという、極端な現象を引き起こしている。ところが、驚くことに、新型コロナウイルス対策として、手洗いやマスクをしているにもかかわらず、コロナの感染者数は、新たな波が押し寄せるごとに大きな波になってきている。

 

 実は、ウイルスが感染する様式には前述の2つだけでなく、もう1つ空気感染がある。麻しん(はしか)や水痘(水ぼうそう)のウイルスがこの様式でうつると言われている。ウイルスではなく細菌であるが、結核菌もこの様式でうつると言われている。事実、以上の3つの病原体が空気感染するものと、教科書には載っている。

 

 空気感染とは、たとえば過去(昭和の時代にワクチン定期接種が進められる以前の時代)には、麻しん患者が学校の教室に1人いると、教室内のほとんどが感染するようなケースがあった。すなわち、閉め切った教室内で、感染者が吐き出したごく小さな飛沫に包まれて存在していたウイルスが簡単には落下せずに、空気中に漂い、そのうち乾燥状態(飛沫核)になっても感染する力を維持しており、それを吸い込むことにより、同じ教室内の生徒にうつる。このように、くしゃみや咳をしなくても、感染者が呼吸で吐き出したウイルスが、周囲だけではなく、教室内の離れた席の生徒にも、呼吸する際に吸い込んで感染するケースがあった。

 

 さて、新型コロナもこの空気感染に近いことが起こるのではないかと言われている。マイクロ飛沫とかエアロゾルを介する感染と呼ばれているもので、大きな飛沫のように、感染者が吐き出したすぐそばに落下せずに、小さい飛沫は空気中に浮遊し、なかに包まれているウイルスの感染性は3時間も残していることに基づいている。もちろん、ウイルスの感染性は浮遊している間に徐々に低くなり、3時間が経過するとほぼなくなるということである。したがって、「3時間、ずっと同じ程度に感染する力を維持して、遠くの人が吸い込むとうつってしまう」というわけではない。

 

 この新型コロナウイルスの空気感染については、麻しんウイルスほどの効率ではないと思われるが、どの記事も微妙な表現で、あいまいな感じがする。しかし、WHOは昨年の初めごろは空気感染とかエアロゾル感染は積極的には認めていなかったが、その後、注意すべき感染経路と位置付けるように、変わってきている。ところが、日本の場合は、まだまだこの空気感染/エアロゾル感染については積極的に啓発しているとは感じられない。

 

 「3密を避ける」は、すなわちこの空気感染/エアロゾル感染対策としてだと思われる。しかし、「3密」=「密閉・密集・密接」を避けるようにと言われても、ピンと来ている人は多くなさそうである。明確に、「密室で、ヒトの呼気の濃度が高くならないように、CO2センサーで測りながら、換気対策もしくは空調設備で、何分かごとに窓を開けるとか部屋の空気が入れ替わる対策がとれるようにしましょう」とは言っていない。実際、空気感染/エアロゾル感染対策が不十分なままで、いつまでも感染経路不明が70%で感染者が減らず、徹底した対策になっていないというのが現実ではないかと思われる。

 

ワクチンの有効率がよく分からない

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ワクチンの有効率とは


 新型コロナワクチンの接種が進んでいる。各自治体によって違いがあるが、65歳以上の高齢者にとっては、何が何でも、人より先に打って貰うぞ、という意気込みを感じる。しかし、国が悪いのか、地方の自治体が悪いのか、まず接種券なるものが郵送されてくる、使ったこともないパソコンやラインで申し込む、電話する、かかりつけ医に申し込む、などどれを取ってもスムーズに進まない。子供たち、さらには孫までも動員して、なんとか早くに接種予約を完了し、やっとの思いで接種にこぎつけた人が、ちらほら見えてきたところである。

 昨年の段階では、まだ余裕があったのか、自分は慎重派なのでそう簡単にワクチンを接種したりしないぞ、との思いでいた人が多かったと思うが、ここに来て、高齢者はまるで戦いのごとく、必死の形相で予約する気持ちになった人が増えている。あの時に、「今までヒトに打ったこともないワクチンなんて、絶対打ちたくない」、「治験で大した副作用がなかったといっても、治験の間だけのことで、長期的な安全性がまだ全然わかってないものなので、私は様子見です」と言っていた人たちの多くが、ワクチンを接種したいと考えが変わったようである。

 この変化は、恐らくこのmRNAワクチン(現在、高齢者に接種されている新型コロナワクチンは2社由来で、どちらもこのタイプ)とやらは、とてつもなく有効率が高かったそうだ、という点が理由と思われる。インフルエンザワクチンに比べると倍ぐらい高い数字である。

 図に示したように、ファイザー社製ワクチンの有効率は95%、モデルナ社製ワクチンの有効率は94.5%と報告されている。この値は、それぞれ43,000人(12歳以上が参加;56-85歳が40%以上)、30,000人(18歳以上が参加;65歳以上が7,000人=23%)の人を対象に第3相試験を行って、明らかになった数字である。前者は3週後に、後者は4週後に2回目の接種をする条件で得られた。

 第3相試験は、ファイザー社製ワクチンでは米国39州、アルゼンチン、ブラジル、南アフリカ、ドイツを含め世界中の154施設で実施された。一方のモデルナ社製ワクチンでは米国30州、およびワシントンDCの89地域で実施された。

 その結果、図の下段に示した通り、ファイザー社製ワクチンでは新型コロナを発症した人数が、ワクチンを接種していない人のグループでは162人、ワクチンを接種していた人のグループでは8人であった。モデルナ社製ワクチンでは、ワクチンを接種していない人のグループでは90人、ワクチンを接種していた人のグループでは5人であった。

 そこで、ファイザー社製ワクチンは162人と8人であることから、その差の154人分(=95%)を抑えたことになる。モデルナ社製ワクチンは、90人と5人なので、85人分(=94.5%)を抑えたことになる。

 

 以上、このような経緯から95%と94.5%という数字が世に出ているわけである。したがって、日本とは条件も実施された地域も大きく異なる状況下で得られた結果である。

 ただ、非常にわかりにくいのであるが、現在ワクチンを接種しようとされている皆さんは、「このワクチンを接種しておくと、95%の確率でもう大丈夫なんだ」と理解されている人が多いのではないだろうか。しかし、以上の背景を考えると、そもそも発症する人はごく一部である、その少ない中(第3相試験が実施された地域に比べると、日本の場合にはさらに少ないと思われる)で、さらに少なくなる率(=有効率)がこのパーセントなので、なかなか実感として伝わってこないと思われる。

 

新型コロナワクチンを接種後、どれぐらい経過すると安心か

 新型コロナワクチンの有効率は95%以上と、インフルエンザワクチンに比べると、格段に良い成績であることが発表されている。これは、2回目の接種を完了した場合の成績である。

 このところ、ワクチンを接種したにも関わらず、コロナに感染したとかクラスターが発生したなどという事例が、ニュースで取り上げられている。有効率がこんなに高いのに「なぜ?」と思う人が多いのではないだろうか。

 

 一般に、ワクチンを接種すると免疫が誘導されてくる。この免疫には抗体が認められるかどうかで判断されている。抗体はイムノグロブリン(immunoglobulin, Ig)とも呼ばれ、最初はIgMのタイプが誘導され、その後はIgGに変化する。

 IgMは、からだが初めて遭遇したウイルスや細菌などの病原体に対して免疫を誘導するものである。その後にIgGの抗体が上がる。IgMは、抗体として病原体を攻撃する能力が弱く、IgGになって強い力が備わってくる。したがって、新型コロナウイルスに対するIgM抗体が検出されると、感染後の早期診断に活用できる。もちろん、新型コロナウイルスRNAゲノムを超高感度で検出するPCRに比べると、感度は低いが、簡便に早期診断に有効活用できる方法である。IgG抗体が検出できるようになると、強い免疫力でウイルスを排除した後なので、ウイルスは既にいなくなっている場合が多く、このIgGが陽性であるということは、過去に感染したことを示す診断方法となる。

 ワクチン接種でも、実際の感染と同じで、最初に遭遇した病原体やそれに由来する物質の場合にもIgMの抗体が上がってくる。

 

 ここから本題となるが、2回の接種が必要とされているワクチンの場合、1回目のワクチン接種後1~2週間でIgMからIgGへと誘導され始めてくるが、まだウイルスを排除する能力は弱い。そこで、1回目の接種から3~4週間経過後に2回目のワクチンを接種し、さらにその後1~2週間が経過すると、IgG抗体の量も上がり、より強い免疫力になってくる。したがって、ウイルスを排除する力が弱いIgM抗体だけが上がっている時期は、まだまだ油断できない。

 

 また、あまり言われていない点であるが、ごく一部にはワクチン接種を受けても、免疫が誘導されてこない人が存在する。その人がどのワクチンでも免疫が誘導されないということではなく、それぞれのワクチンで抗体の誘導が見られないごく一部の人が存在する。一般に、ワクチンを接種しても、実際に抗体が誘導されたかどうかをチェックする仕組みがないことは問題ではないかと思う。やはり接種したワクチンが有効であったという安心感を得るためには、ワクチン接種後にその免疫誘導が確認できたという仕組みつくりが求められる。

これから熱中症対策が大事:マスクをはずすことも考えよう

 まもなく梅雨が明け、暑い日が続くことだろう。夏になると、熱中症対策が大事だ。しかし、新型コロナ対策として、マスクはいつでもどこでも着けるのが当たりまえの社会になっている。

 

 そもそも、新型コロナの主な感染ルートは飛沫と言われ、マスクを着けるようになった。しかし、飛沫はくしゃみや咳、また大きな声で話したり歌ったりしたときに口からとび出るものである。飛沫は1~2メートル程度しか飛ばないとされているので、屋外で1~2メートル離れて普通に(聞こえる程度の声で;高齢者は大きな声になりがちなので気をつける必要があるが)会話する程度ならマスクは必須ではなさそうである。ましてや、一人で車を運転しているときとか、自転車に乗っているとき、一人でそれほど人が多くなさそうな公園での散歩のときなどは、できるだけマスクをはずすことがおすすめだと思う。昨年の夏も、「マスクをはずす勇気が大事」、などの意見があったように記憶しているが、多くの人は暑さと息苦しさを我慢しながらマスクを着けていたと思う。

 

 新型コロナワクチンは、2回の接種が必要である。政府は、オリパラまでの残る47日で、ほとんどの高齢者に接種が完了し、それぞれの自治体の状況によっては、64歳以下の多くの人の接種が完了することを目指しているようである。ちょうど都合が良いので、このタイミングで積極的にワクチンを接種しましょう、本格的な暑さがやってくるまでに。そうすれば、昨年よりも積極的にマスクをはずす気になれるかもしれない。そうすると、熱中症になる人が少なくなるのではないかと思う。

ワクチンの効果はいつから?

 ファイザー社製、モデルナ社製、それにアストラゼネカ社製の新型コロナワクチンが承認された。ファイザー社製が先行していたが、モデルナ社製のワクチンも高齢者への接種が始められた。どちらのワクチンもmRNAワクチンと呼ばれるものである。

 

 一般に、ワクチンとは、予防法としてあらかじめ健康な人に接種をして、病気を起こす病原体による感染に備えるものである。ワクチンを接種すると、ワクチンのタイプにもよるが、今回の新型コロナワクチンのように2回の接種が必要な場合には、2回目のワクチン接種をし、その後に2週間以上経過して初めて高い有効性が認められるものである。

 一般に免疫反応が起こるまでには少なくとも2~3週間かかる。1回目のワクチンだけでも、接種後数週間の経過後にはある程度の効果は認められているが、2回目を接種し、その数週間後には十分な免疫反応が起こっており、重症化を抑えることが可能とされている。さらに、ある程度は感染することに対しても抑える効果が認められている。また、ワクチン接種後は、感染を完全に防御することは難しいが、感染しても、感染した人から放出されるウイルス量は抑えることが示されている。

このように、今回の新型コロナワクチンの2回接種を完了し、その後、2週間以上経過した場合には、感染を抑制し、感染したとしても人にうつしにくい状態になる。また、最も重要な恩恵はこのようなワクチン接種で、重症化する割合が明らかに低下することである。

 

 以上のように、ワクチン接種の恩恵は確実に得られると思われる。接種会場でのインタビューで「ワクチンしてもらったから、これでやっとマスクがはずせる」との声を聞くこともあるが、それほど簡単な話ではない。欧米のようにマスクが不要な社会になるには、まだ当分、様子を見なければならない。新規感染者の数が減り、それがずっと続くようになるまでは、ワクチンをしている、していないにかかわらず、★マスクの着用★こまめな手洗い★3密を避ける、など、これまでどおりの対策を続ける必要がある。また、ワクチン接種で100%感染を防げるわけではないので、大騒ぎしたり、飲み会で大声で話すなどの振る舞いは慎まなければならない。

 

 多くの人が接種を終え、ワクチン接種率が上がると、いわゆる集団免疫という状況が成立し、ほぼ安全な社会が到来すると思われる。このような状況が訪れることを信じて、いましばらくは忍の一字で、できるだけ多くの人が速やかに2回のワクチン接種が完了することを期待している。

 

 

 

 

新型コロナウイルス感染の成立と感染初期の現象

 ウイルスは自分で子孫ウイルスを作るための装置を持っていない。したがって、子孫ウイルスを作ってくれる宿主細胞(人間や動物など)を探す必要がある。ただ、されるがままに(例えば感染した人のくしゃみとか、外に飛び散った飛沫が浮遊しているときの風など、また食べ物につくなど)、自由に動いているだけである。その結果、別の人がそれを吸い込むとか、食べるなどで、からだに入っていく。そこで、ウイルスは自分の子孫を増やしてくれる細胞に巡り合えた場合に子孫繁栄という結果になる。子孫繫栄のためには、ウイルスと細胞との相性が合うことがとても重要である。

 からだに入ったウイルスは、たまたまそこにいた細胞に、でたらめに、滅多やたらに感染するわけではない。それぞれのウイルスが感染を成立するためには、ウイルスの表面と、細胞の表面との間で、凸凹の関係で結合する必要がある。この凸凹の密着が必要であり、ただくっつく程度では感染は成立しない。この細胞側の表面に存在し、ウイルスに結合するもの(糖がついたたんぱく質や多糖などの分子の場合が多い)がウイルスレセプター(ウイルスの受容体)と呼ばれる。

 このように、ウイルスには、そのウイルス固有のレセプターが存在し、インフルエンザウイルスやコロナウイルスなど、呼吸系の感染症を起こすウイルスは、呼吸器系ののどや肺にそのレセプターを発現している細胞が存在する。血液の病気を起こすウイルス、たとえばHIVは、血液の細胞表面にそのレセプターであるCD4を発現している免疫細胞に感染する。このように、ウイルス表面とその受容体を発現している場所によって、どのような病気を起こすのかが決まってくる。

 

 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は、2002~2003年に流行したコロナウイルスSARS-CoV)と同様、人間に感染する際に、人間の細胞表面に発現しているACE2(アンジオテンシン変換酵素 (ACE)と類似のものとして、2番目に見つかったのでこの名前)を受容体として利用している。すなわち、ウイルス表面のスパイク(S)たんぱく質が細胞表面のACE2と結合し、感染を成立させることになる。最初は、呼吸とともに吸い込まれた、ウイルスを含む飛沫が呼吸器系ののどや肺の粘膜上に付着し、そこに分布している細胞表面のACE2に結合し、最初のステップが完了し、その後に次のステップであるウイルスの遺伝情報(ウイルスの中心部に収めているゲノムと呼ばれる核酸)を細胞の中に押し込む。このため、ウイルスの脂肪膜と細胞の脂肪膜が接近し、一体化する(融合)。実は、Sタンパク質は上半分(S1)と下半分(S2)に分かれ、S1部分がACE2との結合に関与し、次の融合(ウイルス侵入)にはS2部分が関与している。お互いの膜同士が融合し、一体化した後はその膜上に穴が開き、その穴を通してウイルスのゲノムが押し込まれる。

 

 このように、ウイルスゲノムが押し込まれた細胞は、細胞が持っている装置を使ってせっせと(場合によっては、自分のことはほったらかしにして)ウイルスのたんぱく質を作らされ、これまた場合によっては最後は細胞の命がなくなる場合や、ウイルスのゲノムを抱え込んで、命を終えるまで働かされることになる。

 もちろん、ウイルスは考えるような頭脳は持ち合わせておらず、ただ、なるがまま、なされるがままに動いているだけなのに、それぞれのウイルスは、的確に誰であろうと同じ病気を引き起こす。これのほとんどの要因は人間など、宿主側で規定されているものなのである。

新型コロナウイルスが宿主細胞に感染するときは、肺、腸管、心臓、動脈、腎臓、睾丸などに分布している細胞の表面に存在しているACE2と呼ばれる酵素活性を持つ分子(=新型コロナウイルスの受容体)に結合する。これを第一歩として感染を成立させるので、この分子が担う血圧調節などに影響が、新型コロナウイルスの感染で起こりえる。

 少々複雑な話になるが、ACE2と呼ばれる、新型コロナウイルスの細胞の受容体について、簡単に説明したい。今回の話は複雑で、わかりにくいのだが、何となくでもイメージを掴んでもらいたいので、まずは最後まで読んでいただければと思う。

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新型コロナウイルスの感染後の、血圧調節の変化

 

 ACE2は、人の細胞の膜に存在する、酵素活性を有する領域を持つ膜たんぱく質である。このACE2は、血管収縮剤として知られるACE(angiotensinconverting enzyme;アンジオテンシン変換酵素)の相同体として特定された。
 ACE(ACE1ではない)とACE2は、各臓器における血圧と血流を調整しているレニン・アンジオテンシン系で重要な役割を担っている。レニンは腎臓の酵素である。
 肝臓で分泌されるアンジオテンシン前駆体であるアンジオテンシノゲンは、腎臓の酵素レニンにより分割され、アンジオテンシンⅠ(ペプチドホルモン)を生成する。ACEは、このアンジオテンシンⅠ、アンジオテンシンⅡへの変換を触媒する酵素活性を示す。アンジオテンシンⅡは、微小血管の筋細胞表面にある1型アンジオテンシン受容体(AT1R)に結合し、血管収縮を引き起こす。したがって、ACEの活性が異常に高くなるとアンジオテンシンⅡの量が上昇する方向に進み、高血圧を引き起こすことになる。
 
 一方のACE2は血管拡張剤として機能し、8個のアミノ酸がつながったペプチドであるアンジオテンシンⅡを、7個のアミノ酸からなるぺプチドであるアンジオテンシン1-7になるように触媒する。このアンジオテンシン1-7は、血圧を低下させ、血管拡張を促進する。ACE2は、アンジオテンシンⅡからアンジオテンシン1-7への転換、およびアンジオテンシンⅠからアンジオテンシン1-9に転換することで、血管収縮と拡張のバランスを維持して、血圧を適正範囲に収めるうえで重要な役割を担っている。
 
 
 この絶妙なバランスで体の血圧調整が行われているのであるが、ここに新型コロナウイルスが感染すると、からだに侵入してきた新型コロナウイルスがACE2に結合する(塞ぐ)と、この絶妙なバランスが崩れる結果を招く可能性が出てくる。
 
 現在、新型コロナウイルス感染により引き起こされる可能性が考えられる、全身におよぶ基礎疾患(ACE2と腎臓病、ACE2と血管疾患、ACE2と糖尿病、ACE2と中枢神経系など)と、感染による重症化の影響について急ピッチで研究が進められている。
 
 新型コロナに関して、最も大きな話題は、新型コロナウイルスの変異株に関するものである。イギリス株、南アフリカ共和国株、ブラジル株、インド株と、次々と現れる変異株はいずれも感染力が強いことから、今年の3月下旬に始まった4回目の感染ピークが今日現在も続いている。このような変異株に感染すると、重症化することが少なくともイギリス株では示されているが、ほかの変異株ではまだわかっていない。また、過去に感染歴のある人や、ワクチンを接種した人で上昇してきていた免疫(抗体など)の効果が悪くなる可能性が、南アフリカ共和国株やブラジル株で認められている。イギリス株ではそのようなことはなさそうである。インド株ではこの点についてもまだ不明である。
 これらの変異株では、ウイルス表面のスパイク(S)たんぱく質の、それぞれの株で違った箇所のアミノ酸に変異が起こり、別のアミノ酸に置き換わった結果、その構造に変化が起こり、レセプターであるACE2への結合性が高まるなどが考えられている。
 すなわち、新型コロナウイルスが細胞表面のACE2に結合(マスク)することで、ACE2の活性であるアンジオテンシンⅡからアンジオテンシン1-7への反応が起こりにくくなり、AT1Rの過剰な蓄積が起こる。その結果として、血圧が高くなる状態を引き起こすことになる。
 
 現在の新型コロナの治療薬として、抗ウイルス作用のあるもの、免疫の異常活性化を抑えるものが主に考えられているが、このACE2のSたんぱく質結合領域のみを血中を流れるような形にしたものを開発すると、新型コロナウイルスの表面がこの分子でふさがれ、もはや本来の、細胞表面のACE2への結合、すなわち感染が果たせなくなり、有効な薬ということになると考えられる。